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リウマチとの出会い

管理人のリウマチ発病~現在までを記しました。よかったら お付き合いください。 かなり昔になるので 「日記」をもとに記憶をたどりました。

リウマチ発病~平成6年

何月頃か解りませんが夏だったような気がします。疲れがとれず夏バテかな?くらいに思っていました。病気の始まりってだれでもそうですよね!?

リウマチ~平成7年

これといって趣味も持たず、会社と家の往復、家事に追われる毎日が続きました。 体を動かすことも大切だと思い、主人がテニスをいることもあって一緒に練習に参加するようになりました。
けれど日が経つにつれ、楽しいどころかだんだんと疲労ばかりが増すようになりました。 更年期症状は早い人だと35歳くらいから出てくるということも聞いていたので、私はその範囲に入っているんだと思うようにしていました。

リウマチ~平成8年6月頃

テニスの練習中に、急に左足首が痛くなり、踏ん張りがきかずいったいどうなってしまったんだろうと不思議でした。 べつに捻挫をした訳でもないのです。主人からは単なる使い痛みだろうと言われ、そうなのかもしれないな・・・と思いながら湿布を貼って様子を見るくらいでした。

リウマチ~平成8年9月頃

足首の痛みは全然完治せず、おまけに今度は肩、腕、手首足先まで痛みだし、 夏でしたから寝る時はタオルケットを掛けていましたが、そのわずかな重さにも耐え難く朝まで寝付けない日がよくありました。
エアコンをつけると途端に身体のすべてが痛み出し、更年期って大変だなぁ と感じたのを覚えています。
その頃からコンドロイチン錠、ビタミンE錠などを買い込んで飲んでいました。(今思えば気休めですよね^_^;)

リウマチ~平成9年6月~

友人に相談したところ、そんなにつらいのならと治療院を薦められそこに月2回通うようになりました。 もちろん、私は更年期障害なのだと思い込んでせっせと通いました。
その頃から右手中指の関節が痛くなり始めたのを覚えています。 それからしばらくは、その治療院に通い、良くなり、悪くなり・・悪くなる方が多かったかもしれません。

その時期は、ちょうど子供の卒業、入学と重なり自分のことはほったらかしでした。 もちろん、肩の痛み、首のだるさは全然なくなりませんでした。とにかく我慢の毎日でした。

リウマチ~平成10年9月

ガマンにも限界があり、薬局へ行って症状を説明し漢方薬を飲み始めるようになりました。 それまでは自己判断で選んでいたので、今度は期待を持って飲み始めました。(とにかく病院は行きたくなかったのです)

リウマチ~平成11年7月

夏バテとしては早いのに、朝は起きにくく、洗濯とお弁当を作るのがやっとの状態が続きました。 会社へ行くまでに時間があればゴロンと横になり、帰宅すればまた横になり、少し休んでから夕食の準備を始める毎日でした。 こんな行動は、周りから見るとすごくなまけているように見えるんですね。
このままだと倒れてしまうのでは思い病院の門を叩きました。 それも産婦人科です。だって更年期障害だと思い込んでいましたから・・・
そこで血液検査をしてもらい、やっと「RA1」ということを知ったのです。 医師は、これくらいの数値では治療はできないので様子をみようと言い、 治療もなく、薬もないまま家に帰ってきました。
医者にもこのつらさを理解してもらえないのかと思うと同時に、自分がリウマチであるということが信じられませんでした。

リウマチ~平成11年8月~平成14年9月

スッキリしないまま、ずっと治療院通いと漢方薬を飲んでいました。少しは楽になることを信じて・・・
だって、リウマチと分かっても治療はできないと医者に言われましたから。
   
でも我慢にも限界はあります。この間は産婦人科だったので 今度は整形外科(開業医)へ行く決断をしました。
そのときはすでに、痛みはもちろんのこと右手中指がすごく腫れあがりぜんぜん曲げられない状態でした。 それなのに医者の対応は湿布と痛み止めだけの処方でした。 (えぇっ!!!ずっーとこんな治療のままなの??)

もともと痩せ気味の私ですが、体重は5Kgも減少し、毎朝のどうにもならない痛み、指が曲がらないため朝の家事の苦痛、 階段の上り下りでは言葉にならないほどの辛さ・・
治療するには、リウマチの数値が高くなるまではダメなんだと自分に言い聞かせ、 どうしようもない痛みと戦いながら毎日を過ごしました。

リウマチ~平成15年10月

我慢に我慢を重ね、思い切って病院の中にある整形外科へ行きました。 やっぱり病院ですよね。手と足のレントゲンを撮って薬を出してくれました。(薬名は薬療法にあります)

リウマチ~平成15年12月

薬治療も起動に乗ってきた頃、運悪く風邪をひいてしまい治療を中断するはめになりました。 この頃、家庭に不幸があり通院もしばらく中断せざるを得ませんでした。
その間の進行は目に見えて早いものでした。 家庭にいろんなことが起こり、環境ストレスもピークに達していたのでうつ病になるのでは?と思うくらいでした。

リウマチ~平成16年4月~平成18年2月

行き付けの治療院で、リウマチの専門病院に行くことを薦められ、今の病院で本格的な治療を始めるようになりました。 全身のレントゲン、毎月の採血、尿検査、副作用がないかを詳しく診察してくれました。これが本当かもしれませんが・・・

この病院との出会いがあるまでものすごく長い道のりでした。 もっと前向きに考えていればこんなに長く苦しまなくてもよかったのに・・とつくづく思いました。

現在になるまでの治療は、薬を増やしたり、副作用が出てくると量を減らしたりそんな繰り返しをしています。 でも、今の私は朝のこわばりも10分ほどになり、階段も楽に上り下りができるようになりました。(朝はちょっと辛いですが・・)
大きい関節は大丈夫ですが、手の小さい関節は日常生活においてどうしても使ってしまうので、ゆるやかに進行しているように感じます。 右手をなるべく使わない(重い物を持つとき)ようにしているので、私の右利きの腕は左腕よりも細くなってしまいました。悲しいなぁ

リウマチ~平成18年3月~

2月頃、知り合いの人に磁場水というものを教えてもらいました。 薬の治療ばかりに頼らず、副作用のない方法があるのならそれを試してみてもいいんじゃないの・・?と 思い、 やってみよう!! と決心しました。
思いたったらすぐ実行。 以前までの私ではとうてい考えられないほどの実行力!
前向きって大事ですね!

リウマチ~平成20年3月~

昨年もそうでしたが、最近身体がすごく軽いんですよ♪
何年も前の辛い出来事がまるでウソのように感じます。
毎月、病院で血液検査をしますがいたって普通です!  というか肝臓の数値も正常値、炎症反応も少ない、尿検査も異常なし、 体感的に言っても朝のこわばりは全く無い状態、節々の痛みもありません。 この状態がいつまでも続いてくれることを祈るばかりです。

リウマチ~平成20年4月~平成24年5月

薬の量って大事ですね。決められた量で改善が見られない場合、医者は薬の量を増やそうとするか、他の薬と併用することを薦めてきます。医者は患者をなんとかして改善したい! と思っているのかもしれませんが 患者は体の状態というものがあります。薬も患者それぞれ合う合わないがあります。
2錠で改善しないなら3錠、3錠で改善しないなら4錠に増やす、 私はそのやり方が好きになれません。

リウマトレックス3錠で改善しなかった私は薬を4錠に増やされました。途端に息苦しさや体のだるさを感じ正直焦りました。
そのとき思ったのです。私は自分の体と相談しながら治療しようと・・・。医者のいうことも大事ですが、自分の体は自分がいちばん知っています!
医者側から見ると、私はやりにくい患者かもしれません。でも、いやな顔をせずに私の言うことを聞いてくれる医師に感謝しています。

リウマチ~平成24年6月~

平成16年から約8年間通院した病院を替わることにしました。最近、家からかなり遠いことがすごく苦痛になっていることを医者に説明し 自宅近くの病院(といっても2時間くらいかかります)の膠原病・リウマチセンターに紹介状を書いてもらいました。 6月のはじめに診察を受けましたが感じのいい医者でした。
この病院でしばらくお世話になろうと思います。

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